掘削の為のエスキース、或いは井戸、若しくは釣り人。

akadowaki2005-07-27

という展覧会をせんだいメディアテークに見に行く(今日の3時まで、主催:天秤座)。
39人の、おそらくは若手による作品展で、知り合いの大竹翠子さんから今朝案内を受け取り、あき時間に足を運んだのだが、どれもある程度のレベルに達していて、見ていてつまらないというものがなく、夏期講習中の塾のあき時間をほとんど鑑賞に費やしてしまった。
私がとても気に入ったのは、大阪の久次米寛子さんのインスタレーションと長野の森本啓子さんの平面で、久次米さんの作品は、盆栽用アルミ線というのを用いてつくったいくつものかごのようなものを天井からつるしたもので、もの自体はそれほどのものでもない感じがするのだが、壁にうつった影が、まるでヘタウマのような微妙な線画になっていて、これがものすごくおもしろかった。白い壁には影のみがそのように「描かれて」いるので、おそらくこちらを表現したいという意図だと思うのだが、それがすごく当たっている。このように、モノや絵やその他いろんなものを苦労してつくりあげながら、しかし実際に表現しようとしているのはそのものの影だったり、描いた絵の地の部分だったり、つまりは描かれなかったものである、というスタイルはものすごく好きだ。あこがれる。それはふっと降りてくるようなものだと思う。
森本啓子さんの作品は、記憶をテーマにした抽象で、好きな灘波田龍起を思わせるような画面は、絵画にしかできない仕事、という言葉を思わせる。