風船を浮かべに行く

風船をつけた毛糸を

Yojiくんから電話がくる。つい最近二十歳になった青年で、私は小学5年生から高校生まで彼の家庭教師をしていた。さっそくヘリウムガスのボンベと風船をもってふたりで出かけ、近くの牧草地でいろいろと実験をしてみることに。
よく晴れていたのだが、牧草地に着くとだんだん西の空が曇りはじめた。風もやや強く、風船にガスを入れ、毛糸で結んで飛ばしてみるが、あんまり高くは浮かばない。ちょっとしたものに触れて割れてしまう。風船の数をふたつみっつと増やし、凧あげの要領で10メートルくらい上空まですこしの間だけ浮かばせることができた。これでは雲をつくるどころの話ではない。
しかし、ある想定された何かにあてはめようと考えると、それはとても不適切な素材なわけだけれど、素材から考えれば、それにふさわしい見せ方や使い方があるように思う。風船のたよりなげなただよい方や、思い出したように高くまで浮かぶようす、その不思議な形状、色。それから家に戻って部屋の中に置くと、ぴんと糸を垂直方向に張ってとどまるそのようす。まるで針金か何かが糸の中に入っていて、床から風船を支えているみたいにみえる感じ。
毎日部屋にこうしたものが浮かんでいたら、きっとものを見たり感じたりする仕方が変わるのではないかと思う。そういうものの存在。手ざわりでない手ざわり。