願い、願うこと

私たちの意識が未来へと向かうとき、それは予想とか、予測とか、想像とか、そういったもの(だけ)で成立するものだろうか。私たちの意識が未来へと開かれるのは、何かを願うということを通してではないだろうか。そこにある差異――単なる予想、予測、想像と願い、願うこととをわけるのは、そこに意識を向ける対象が「いる」かどうか(「ある」でなく)なのではないだろうか。つまり、私たちが何かを願うとき、それはいったい「誰」に対して願うのか、ということ、あるいはそういうことを問題にできるということ。