椅子を連れて

牧草地に椅子を置く

東山魁夷の「コンコルド広場の椅子」を下敷きに、何かつくりたいと思う。
今日はとても天気がよかったので、とりあえずうちにあるアンティークの椅子をもって、牧草地と清流へと出かけた。10年ほど前、今は閉店して久しい「アンバリー」というアンティーク家具の店で買った2脚の椅子のうちの1脚で、パイン材の、特にこれといった特長もない椅子なのだが、なんともいい感じの椅子である。ちなみにもう1脚はここでの個展に使った。
東山魁夷コンコルド広場の椅子を、擬人化して描いた。擬人化、とはいえ人間は椅子の言葉がわからないというのを軽蔑した感じで描いているので、そういう意味での擬人化であり、またそうした自己とか自民族(?)中心主義的なところも擬人化というにふさわしいわけだけれど、確かに椅子を車座に並べて数人が歓談した後に残された椅子は、まさに歓談するために集まって来たかのようで、その残り香みたいな、ある種の人間臭さみたいなものを、私も濃厚に感じてすごくおもしろいと思ったことがある。椅子がもつそうした臭気、人の気配のようなものは、ちょっとほかの家具には見られないものではないか。
牧草地に椅子を立てて写真を撮り、その後川の上流の、とても水の澄んだところへ行って流れの中に椅子を置いて写真を撮った。すこし深くなっているところに置くと、するすると流れはじめたので、おもしろくて何度かその流れていくようすを写真に撮った。
ところで、私がもっているそのアンティークの椅子は2脚とも、数年前に壊れてしまい、適当に修理はしたものの、人が座れるものではなくなってしまった。これはどういう風な意味を見る者に与えるだろう。